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2013年


7月17日



康介は停車したからN駅のホームに降りて、パッと袖を伸ばす。
午後8時13分。
袖からのぞいた安物のアナログ時計を確認し、ふうと溜め息を吐いた。
まばらに歩みを進める人々の中を通り、構内を抜ける。
駅前には、賑わう学生や背広姿の社会人たちの姿がちらほらあった。
見慣れた光景だが、どこか安堵を覚える。
と、同時にその安堵にしがみつきたいような心情を抱いた。
康介はコンビニ前の植え込みを囲うベンチに腰を下ろした。
視界の中頃でアベックが芸能人の話題で盛り上がっている。
「――えー、それはないってー」
「でも俺、割と好きなんだけど」
「じゃあブログぐらい読んでよね。割と好きなら、できるでしょ?」
「ブログはマジ無理」
「うわ出た、ブログ拒絶症」
緩いパーマの若い女はブログの魅力を語りながら、彼氏と駅舎沿いに続く細い路地へ入っていった。その二人の後ろ姿をぼんやり眺め、康介は考える。
自宅へ帰る他、道はないんだ。
これが現実。
どこへも逃げられない、現実。

――森月君、急なことで申し訳ないんだが……来月付で辞めてもらいたい。
――うちが今ギリギリなのは分かっていることと思う。
――人員削減はどうしても避けられなくてね……すまない。
すぐにでもはっきりと脳裏に蘇る上司の言葉。
社長からの直々の説明も受けた。
納得できない……というより、理解が及ばない。
及ばないというより、脳が拒絶しているんだ。
彼らの言葉は悪性であり、一刻も早く頭の中から追放せねばならない。
そんな危険信号が脳全体に大きなバリアーを作らせている。
――解雇宣告。
――リストラ。
妻子を持つ40歳の康介にとって、それは途方もなく酷い仕打ちに思えた。
今から再就職ってか……。
こんなオヤジを雇おうってところが会社があるだろうか。

従業員の少ない無名の出版社。
その狭い世界の、さらに編集部という名の閉鎖的空間で、康介は齷齪働いていた。
20年間の労働の歴史が走馬灯のごとく思い浮かぶ。
それらは全てが輝かしく、康介の生き様を物語っていた。
一年、一年と辿っていくと、ふと途切れるように全ての色が失われた。
あるのは真っ黒な闇。
唐突に訪れた終止符。
その黒点の上に今、康介はいた。
先が見えない。
俄かに不安が込上がる。
臓器の裏側からどろどろと体内を侵食していく汚水のようなものを感じ、康介は吐き気を催した。N駅周辺のコンビニでミネラルウォーターを買い、ごくごく喉に通した。
いくらか吐き気を抑えられた。
再びベンチに腰かけようとしたとき、ケータイが鳴った。
液晶画面には「柿沢」の文字。
「もしもし、俺です。先輩、今晩一杯どうっすか?」
声の主は大学時代の後輩である柿沢だった。
現在、大手の総合家電メーカーのマーケティング部に所属しているそうだ。
年齢の開きは5歳程だが、相変わらず「先輩」という呼び方をする。
この歳になれば、5歳の差など大したものではない。
そう思う一方で、35歳と40歳の間には凄まじい距離が存在するように思った。
「もし時間あったら、いつもんとこ来て下さい。お先に独りでやってますから」
「ああ、分かった……」
そうは答えたものの、今は飲みたい気分ではなかった。
正直に言えば……飲みたいが、柿沢に会うことが億劫に感じた。
人生順風満帆の男と、ばっさり首を切られた男。
そんな二人が会って何を話すというんだ?
だが、自宅に戻る気にもなれない。
途方に暮れていると、柿沢から今度はメールが来た。
――今日はみゆきちゃんいますよ!
  
余計なことを。
げんなりしていた心が上向きに動き、あわせて口角も上向きに上がった。
この夜のうちに僅かでも笑える余地が生まれるとは夢にも思わなかった。

柿沢の行きつけのスナック「ぼんやり倶楽部」に向かう。
スナックなのかクラブなのか疑問を抱く店名だが、ともかく小洒落いて音楽と照明の具合が心地よい。何よりホステスのみゆきちゃんの優しい笑顔に癒される。柔らかいハスキーボイスも魅力的だ。
「いらっしゃいませ」

大学時代の後輩と飲み屋で語る。
柿沢は順風満帆な人生を送っていた。夫婦円満ぶりを幸せそうに話す。
「行方不明になっていた**高校の女子高生……まだ見つからないそうっすよ。神隠しにでもあったんですかねえ」
「神隠しか……」
自分が神隠しに会いたいという気持ちがあることに気がついた康介。



森月涼子の家庭の様子

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「え、やめとこうよ」
「いい噂聞かないじゃん……」


里紗は、小学生のテンションをそっくりそのまま大学生まで引き継いでいるようで、一人はしゃいでいる様を見ていると、賑やかな祭を連想してしまう。
提案に頷かなければ一層うるさくなるので、各々はしぶしぶ了承した。
涼子たちは禁止区域に侵入することを余儀なくされた。
気晴らしになればいいな。

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休日。
野間書店で集合
マニアの赤いヘアピン言及。
廃墟へ。

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離婚ショック。

静かな夜、葉一と。ピアノ。

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康介、柿沢と酒場。嘔吐。

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葉一失踪。
マニアの話。
「……実はあいつ、死に対して異常な興味をもってた
んだ」
「他言するなと言われてたけどね」

ふだん軽薄なマニアがなぜこうも熱くなるのか不思議
に思った。唯一の友だから。それだけでも十分納得し
得る理由だが……何かもっと特別な思いがあるのでは
ないだろうかと涼子は思った。ただ、それがなんなの
かは判然としなかった。

マニアのメール解析。
サイト発見。

もしかして、人を殺したんじゃないか。
そんな疑念が生じた。

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康介、自殺を決意。
野間にみゆを預ける。
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マニアと涼子探しに行くが、涼子引き返す。

帰宅後。
怖くて怖くてがたがた震えながら泣いた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
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「もしかして……葉一君?」

「こんな形で会うことになるとはな……」


葉一は自殺幇助をしていた。
金をもらっていた。
でも、正直それが目的じゃない。
死ぬ瞬間が見てみたい。
そういう単純な興味があった。
マニアから殺害や自殺の瞬間を捉えた映像のアップ
されている海外サイトを教えてもらい、夜中まで喰い
るようにそれらを見た。
心臓がばくばくと音を立てて、極度の緊張が全身を支
配した。興奮の冷めぬ夜が幾日も続き、やがて動画へ
の関心は薄れていった。
足りなくなったのだ。
震えるのような心の振動が足りない。


「これは、ヘアピン……」

「あ、ありがとうございます」

「姉貴に怒られちゃう。ずっと付けてろって言われてたのに」

「お姉さんから……?」

「ええ。これ、形見なんです」
「姉貴、俺が中学の頃、自殺しちゃって」

森月さんは愕然として目を見開き、声にならない声を出した。
やがて俯き、その驚いた面持ち深い陰をつくった。
こうして出会わなければ、彼は姉と同じ道を行こうとしていたのだ。
無理もない話だった。

「俺は自首する。迷惑かけた」

「おい……」

「葉一君、送っていくよ」

弱々しく
「涼子に謝っといてくれるか」


最後の姉との時間をぼんやり思い出していた。


森月さんと葉一は、出口に向う。

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長田さんが亡くなった。
死因については詳しく分からないが、急性の疾患が原因だったようだ。
午前中から長田家の庭門をくぐってゆく喪服姿が頻繁に見られた。
その傍らでは見かけない車が何台か垣根に沿って駐車されている。
おそらく他県から縁戚の方々が集まっているのだろう。
「お姉ちゃん、隣のおじいちゃんどこいったの?」
「長田さん、遠いとこに行ったんだ……すごく遠いとこ」
「ふーん」

「お姉ちゃん、お話作ってるの?」
「今は、作ってないよ」
小説はまるで手がつけられず、机上の資料やノートは無造作に放置されたままだった。
しかし、これじゃいけないな。
地に倒れ込んだ身体をぐっともたげるように、涼子は再び筆を執った。
図書館にはふらりとマニアが現れ、本棚の前でもぞもぞと古びた書籍を漁っていることがしばしばあった。しばらくパラパラとページを繰ったあと、何やら助言めいた言葉を一言二言残し去っていくことがあった。
全く理解の及ばないことも平然と口にしていたが……あれは彼なりの気遣いだったのかもしれない。

リュックを逆さにすると、バサバサと大小異なる書籍が細かい砂の上に落ちた。
「殺人」「死体」「自殺」……そんな言葉が文面のそこここに記されている書籍ばかりだ。
ポケットから徐にマッチ箱を取り出し、シャッと火を点けた。
マッチ棒は二本の指から離れ、そのまま落下する。
全部燃え尽きて、灰になれ……。
炎は表紙に歪な円を描き、次々と燃え広がった。
「――おーい」
誰かの呼びかける声がした。
立ち上がったとき、緩んでいたらしく、頭部のヘアピンが外れて落ちた。
炎がそれを飲み込み、バチバチと爆ぜるような音を上げる。
マニアはぼんやりとその様子を眺めていた。
慌てることのない自分に驚いたものの、どうしてだか火から掻き出そうという気にならない。
なぜだろうか。
それはマニア自身でさえ測り知れぬことだった。
炎の中でも変わることのない赤色。
マニアはそれを呆然と見つめていた。
「海辺で焚き火とは、あんたもなかなか粋なことするじゃん」
「まあね」
さざ波の遥か向こうで、日がゆっくり沈もうとしている。
その光景がマニアの瞳に燦然と映った。
「きれいだね……」
ぽつりと里紗が呟く。
確かにそんな気がした。
しかし、二度とそう思うことはないだろう。

そんな気がしたのも、確かだった……。


涼子ピアノを弾く。

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◎エンディング

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手紙の文面。

とうとう、この日がやってきました。
今日、私の愛した人がこの世から去ります。
大きな大きな……途方もなく重たい罪を背負って……。
あなたのこと、忘れません。

森月涼子

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◎END

静かに翳る エッグ

これは初期の幻想編のプロットだよ~!

静かに翳る 動物人間

この出だしじゃ、大方の人間が読む気にならんな。

静かに翳る MADOROMI

当時は、まだ前作の暗澹的な暗い世界観に惹かれていたんだよ。。

静かに翳る 動物人間

まあ、淀んだ環境で生きていたからな?

静かに翳る MADOROMI

はは……。(苦笑)

静かに翳る 幻の麻野

なるほど。だから完成版の冒頭に「ほのかのことを想う葉一の場面」を入れたのですね。

静かに翳る MADOROMI

うん。流石に、駅で吐き気を催す康介のシーンから始まるのは、 重すぎる気がして。

静かに翳る 動物人間

まあ、そういうシナリオを省いたら、何も残らないから、いいんじゃねーの??

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