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2013年


8月06日


路面からゆらゆら熱気が上がり、蜃気楼のような光景を浮かび上がらせていた。
じいじいと油蝉が騒々しい。
夏が来たな、と葉一は思う。
苛烈な太陽光と空気ないまぜにされたような生温い感覚が、
心にまでもうもうと染み込んでくるようで、なんだか身体がだるかった。
葉一は、住宅やその垣根から覗く樹木、それからバス停の屋根の影を頼りに
ーー時には電柱の影までもーーまるで日光を浴びると身体が溶けてしまうような気持ちで、
町の東にある商店街を目指していた。
それは一種の遊びであったが、実際、天から降り注ぐ日差しはじりじりと皮膚を焼き付けるように熱かった。
生来、暑さに脆弱だった葉一とって、これは遊びであり試練でもあった。
商店街には、菊谷が待っている。
人を待たせてはいけない、そんな話を図工の先生が似合わぬ銀縁眼鏡を光らせながら真顔で宣っていたことを
ふと思い出した。
その通りだと葉一は強く頷き、そして悄然とした。
まだまだ先は長かった。
商店街は町の東端、隣町との境界を走るI線の始発駅から徒歩5分程で辿り着く場所で、
そのため人通りが多い。
人ごみが苦手な葉一は、こうした誘いがない限り、決して出向くことなかった。
そもそも遠かった。自転車でも40分以上かかる。
不運なことに葉一の自転車は、チェーンが錆び付いたことが原因らしく、
後輪が全く動かなくなってしまっていた。
軒下に置いてはいたが、風雨にさらされていたためだと葉一は考え、「仕方ない」と内心で呟き、嘆息を漏らした。
そんなわけで、己の2本の足でてくてくと移動せねばならなくなった。
長い道のりに骨を折る葉一へ追い打ちをかけるように夏の太陽光線が容赦なく地上に放たれる。
だらだらと汗を流しながら、陰りへ、陰りへ、陰りへ。
さながら闇を希求するヴァンパイアみたく葉一は歩いた。
Tシャツが汗をすい尽くしていて、ぴたぴたと背中にあたる感触がして、うげぇ、と思っていると、
商店街のアーケードが視界の上方に現れた。
やっと辿り着き、熱を帯びてぼうっとしている頭を冷まそうと、入口に据えてあったベンチーー薄汚れていて
青いペンキが所々剥がれていーーに腰を下ろす。
なんだか、甘い匂いが風に運ばれてくる、そう思ったとき、入口の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「桐谷くん! ごめん、少し遅れたよ。待った?」
菊谷は乗っていた自転車から下り、額の汗を拭った。
「ううん。僕も今、来たところだよ」
「そっか、よかった。じゃあ、少し休もうか」
二人でしばし、ベンチの上で休息をとった。
「桐谷くん、夏休みのどこか行ったりする? 旅行とか」
「うーん、多分、ずっと家にいるよ。外で遊んだりはするけどさ」
「そっかー。俺の方は、ハワイだよ」
そう言って、菊谷は肩をすくめる。
「お母さんが、うるさいんだよな。ハワイだのサイパンだのグァムだの……俺、全然行きたくないのに」
「家族で行くの?」
「そう。お父さんも兄ちゃん姉ちゃんも反対してなくてさ、俺だけなんだ、嫌がってるの」
葉一は不思議に思った。
旅行はしたことがないが、きっと塾のように勉強することはないし、宿題もないはずだ。
ハワイは確か外国の島国で、海が奇麗なところだと誰か先生が言っていたような気がした。
そんなところへ行けるなんて、夢のようだと葉一は思う。
だから、どうして旅行を反対しているのかが疑問だった。
その訳を菊谷に尋ねてみた。
そうすると、菊谷はつまらなさそうな声で、
「だって、友達を遊べないじゃん」
と言ってから、ちらりと葉一を見て、気恥ずかしさを隠すように後頭部へ両手を重ねた。
きっと家族より友達が好きなんだな、と葉一は思う。
それは自分自身も同じだった。
だからこそ、菊谷が呟いた一言がよく理解できたし、共通の意識が見つかったことには
格別な喜びがあった。
二人は両脇に並ぶ店屋を商品を喋りながら見回った。
雑貨屋では珍しい品物が多く、菊谷はその中の一点ーーどこかの民族のお守りだとかいう木彫りの仮面ーーをみて、
「うわ、図工の先生がいるじゃん」などと言い、指差し笑っていた。
葉一も一緒になって笑ったが、心の奥では少し申し訳ない気がしていた。
菊谷は、どんどん奥へ進んでいった。
途中でカステラ屋や綿飴の売店を見つけると、なんの躊躇いもみせず、二つ下さいと注文をつけたので、
葉一は自分にはないその行動力に驚嘆した。
ただただ、すごいと思ったが、その言葉が今の菊谷にぴったり当てはまっていた。
かっこよかった。
以前は、ゲームの技術に関して賞賛の数々を頂いたがーーいやいや、菊岡くんの方がすごいよ。
勘定を済ませ、お礼を言う様には貫禄があって、とても同い年には思えない様態だった。
「実はこの辺、しょっちゅう来てるから、もうすっかりお馴染みだよ」
と綿飴をはむはむと食べながら、菊岡は話す。
「小さい頃から来てたみたいなんだ。お母さんとか兄ちゃんに連れられて」
「そうだったんだ」
「うん。でも、その頃のこと、あんまし……というか全然覚えていないけどさ」
葉一は、カステラのくずを片手で払い、盆栽のようなもこもこの綿飴に食らいついた。
「葉一くんは、どんなところで遊んだりするの?」
「え、うーん……」
すぐさま脳裏に浮かんだのは、Y山とその川の風景だった。
以前と違って、葉一には居場所があったが、しかし、それはほのかとの間に
ある暗黙の了解によって、打ち明けることができなかった。
学校で立ち入りが禁止されていることもあったし、
なんというのか、Y山のことは自分とほのかだけの秘密にしておきた気持ちが強かった。
「葉一くん、休み時間教室にいることが多いよね? 中で遊ぶ方が好き?」
「うん、どっちかって言うと、そうかな」
運動が苦手なことを告げることはできなかった。
もっとも、体育の時間の中で、自身の運動音痴はすでに見抜かれているかもしれないが。
静かに翳る エッグ

これは葉一が菊岡と商店街へ遊びに行くシーンのシナリオだね。

静かに翳る MADOROMI

小学2年生は「幼い」というイメージがあったのだけれど、FK(ファーストキッチン)で作業しているとき、小学生(低学年)の女の子が母親と学校の話している内容を耳にして、少し考え直した。

静かに翳る 動物人間

盗み聴きしてんじゃねーよ。

静かに翳る MADOROMI

思った以上にしっかり話しているし、大人びた発言もしていたから、単純に「子供=幼い」というイメージで葉一たちを描くのはよくないと判断したよ。

静かに翳る 幻の麻野

まあ、それは当然でしょうね。

静かに翳る MADOROMI

「もし自分が小学2年生なら、どんな考え方をするか、どんな行動をするか(またそれが現実的に可能か)」を想像しながら文章を書いていったけど、それらが作品内で不自然にならないようにすることがとても難しかったよ……。

静かに翳る エッグ

おかしいね、MADOROMIは中身が子供なのに(小声)

静かに翳る MADOROMI

おい、誰だ今の! 幻の麻野か!?

静かに翳る 幻の麻野

いえ。誰も何も言ってません。きっと――幻聴ですよ。

静かに翳る 動物人間

お前がいうと、こえーわ。

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