創作サークルぼんやりクラブ」へようこそ!

2014年


1月29日


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;ほのかは苦しんでいた。だが、誰かに助けを求めれば、きっと、自分のしていることをやめさせら
;れる。そうすれば、もう父に会うことができない。幻想を求め続けて結果、もはや幻想遊びから抜
;け出すことはできない。待ち受けるのは死あるのみ。そして、幻想に殺された人間は、深奥へ向か
;う。
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8月23日。

葉一は、ほのかに会いに行くため、それから昨日のことを謝るため、Y山へ向かった。
頭上には、どんよりした曇り空が広がっている。
雨が降ってもいいように、一応傘を片手に、道を急いだ。

森を抜け、河原に出たが、ほのかはどこにもいない。
葉一は、おそらく山の奥にある、あの場所にいるのだと思った。
もう何も隠す必要はない。
どんなほのかでも受け入れると決めたのだ。
葉一は、河原を離れ、山の奥へ歩みを進めた。

「うわあああああああ……!!」

岩壁に挟まれた一本道に出たとき、葉一はその声を耳にした。
どきりとして、視界の向こう側を見た。
やはり、ほのかはこの先にいる。
葉一に躊躇はなかった。
たとえ、何が待ち受けようとも、もう、彼女を傷つけはしない。
未だ踏み入れぬ暗がりの奥へ、葉一は飛び込んだ。

「お父さん……苦しいよ……」

地面にしゃがみ込むほのかがいた。
訴えかけるように、何度もそれを口にしていた。

「助けて……助けて……! お父さん! 助けてっ!!!」

突然、ほのかは絶叫した。

「あああああぁ……お父さん!! お父さん!!」

「何か」に冒されているようだった。
それを振り払うように、ほのかは痛ましい悲鳴を上げた。

「ほ、ほのかちゃん……!」

葉一は、がくりとその場に倒れ込んだ。
これが……寂しさ……?
だがすぐさま駆け寄って、ほのかの手を取り、しっかりと握った。

「ほのかちゃん! ぼくがいるよ!」

葉一は一心不乱に、ほのかの名を呼んだ。
大丈夫だよ、ぼくがいるから安心して、と、思いつく限りの言葉をかけた。
そうして、話しかけているうちに、ほのかは自分を取り戻すように静まっていった。
尋常でなかった泣き様も、次第に変哲のない女の子のそれに変わっていった。

「ほのかちゃん……ごめんね」

葉一はほのかに謝った。
微かにすすり泣くほのかは、え、と小声を漏らし、葉一を見た。

「赤い鳥、いるよ。いっぱいいる。嘘ついてたんだ……」

驚いて目を見張る彼女の瞳から、再び、大きな雫がこぼれた。
「どうして……? 葉一くん、嘘なんかついてない」
「ううん、ぼくも見えるよ、本当だよ!」
ほのかは首を横に振った。
涙の粒が宙に飛び、細かに散った。
「赤い鳥なんて、いない……あたし、分かってるの。自分がおかしくなってること分かってるの……!どんどん壊れていくのが……分かる……もう元に、戻れないって……!」

声を震わせながら、絞り出すようにほのかは叫んだ。

「でも、やめたくない、お父さんと一緒にいたい……!!」

弾けた雫が、葉一の頬を伝い、すうっとその輪郭をなぞった。
しかし、もはやそれが誰のものかなど、分かりはしなかった。
取り乱すほのかをなんとか落ち着かせたかった。
だが、そのあまりの激しさに気圧されていた。
彼女の内に秘めたるものの大きさを、ひしと思い知らされていた。
それが、自身の胸奥に携える苦しみ、悲しみと重なり、とうとう我慢ができなくなっていた。

二人は、心の底にあるもの全てを吐き出すように、大声で泣いた。
赤子のように、手を取り合いながら、泣きじゃくった。
それは、森に谺し、山を抜け、雲で閉ざされた空の上に満ちる光へ伸びゆくように、どこまでも広がっていくようだった。

一条の光が、天から降り注ぐ。
二人をあやすかのような、柔らかく穏やかな光だった。
ふっと雨が止むように、葉一とほのかの声が消えた。
頭上を見上げ、二人はその神秘的な光景に目を奪われた。
「あのね」
ぽつり、とほのかが呟く。
「ここ……お父さんが死んでいた場所なの。それだけじゃなくて、今までたくさんの人がここで死んだんだって……」
「そうなんだ……」
「生きてた頃のお父さんが言ってた。この山は、大切な人を失った人々の集まる場所なんだ、って」
「じゃあ、ほのかちゃんも……?」
「うん」と小さく頷き、ほのかは胸の内を語った。
「お父さんに会いたかったから、ここで、ずっと願ってたの……。そしたら、なんだかお父さんがいるような気がして……もっともっとって、そのよく分からない気持ちに近づくように、強く願ってた。だんだん、本当にお父さんが生きているような感じがして、あたし、信じたの。現実のことが全部じゃないんだって……」

そうやって強く求める度に、義之が傍にいるという実感をほのかは得ていた。
一時、ほのかの心は幸福で満ちた。
だが、その幸福が過ぎ去ると、義之がまた遠くへいってしまう……という切迫感を覚え、いつしか極度の不安が付き纏うようになっていた。

「でもね……葉一くんやお母さんには、知られたくなかったんだ」
「どうして?」
「知られたら、やめさせられるでしょ……? あたし、もう、お父さん無しではいられないようになってたの……。だから、無理矢理、笑顔をつくってた」
「そうだったんだ……」

ほのかの母親は、そんなほのかを信じていたし、葉一も、そうしようと心に決めたところだったが、実際のところ、彼女のそれは、偽りの笑顔だった。

「でも、どうしても……やめられなかったの……。必死に隠すしかなかった……」

その声は自分を責めるようであり、また葉一や彼女の母親に謝るようでもあった。

「ほのかちゃん、お父さんが大好きだったんだね……」

うん、と頷いて、ほのかは俯けていた顔を上げた。
二人の視線が、真っすぐつながった。

「もう……終わりにするね」

日差しの中で、ほのかは微笑んだ。
その目尻に浮かぶ涙が、小さく輝いて見えた。
余韻の残るような優しい声だった。
そして、どこか決然とした一言でもあった。

葉一の片手がそっと握られた。
「あたし、葉一くんが、この山に来てくれるようになって、嬉しかった」
「うん」
「葉一くんがいてくれたから……辛いときも、明るい気持ちでいられた」
「ぼくも同じだよ。ほのかちゃんと一緒にいると、辛いこと、忘れられるもん」

二人は手をつないで、木漏れ日の溢れる森を歩いた。
風がそよそよと吹き抜けた。
森のあちこちで葉擦れの音が聞こえた。
辺りにはそれだけが微かに響いていた。
蝉の鳴く声はどこにもなかった。

このY山には、様々な表情があるようだった。
夏が終わり、秋が来て、冬が訪れる。
色鮮やかな紅葉と山の雪景色を想像しながら、葉一はやがて来る季節に思いを馳せた。


;Y山前の空


「――明日、あたしも行くからね!」
突然、ほのかが言い放った。
「え?」
意表を突かれた葉一は、気が抜けたような声を漏らす。
「へへへ、すごいでしょ。あたし、葉一くんの誕生日パーティーのこと知ってるもん!」
「あ、うんうん! ほのかちゃんも来てよ! 楽しみに待ってるから」
「あー、早くケーキ食べたいよー!」
葉一は、ケーキを目の前に舌なめずりをするほのかを想像し、くすっと笑みをこぼした。
「なに、どうしたの?」
「ううん、別に」
「なになに、教えてよー!」
「ほのかちゃんのケーキには、イチゴじゃなくて、ミニトマトが乗ってるような気がして」
それを聞いてほのかは嬉々としたが、
「美味しいの?」
と疑問を呈する。
さあ、その味たるやいかがなものか。
「ケーキと合わないんじゃない?」
「そうだね」
葉一は「まずそう。ぼく、イチゴの方がいいや」と答え、おかしそうに笑った。
「あ、でもね、イチゴも好きなんだよ、あたし」
「赤いやつが好き?」
「うん。りんごとか、さくらんぼとか」
「赤くて丸いやつだね」
「じゃあ、赤くて丸くて大きいものって、なーんだ?」
「うーん、太陽? ぼく暑いから苦手だよ……」
「正解! 確かに熱いよね。食べるなら月がいい」
「月?」
「そう。月は、ふわふわの生地でね、中には甘いクリームがたっぷりなの」
「ああ、うさぎがぴょんぴょん跳ねてるから、ふわふわなんだね」
「うん。実はうさぎはね――そのふわふわから生まれるんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。生まれると、チビのふわうさぎが、月から落っこちて、宇宙を漂うでしょう? 地球に到着するまでの間、そいつがどんどん成長していってね、最後に普通のうさぎの身体になっていくのだよ」
えへん、と、ほのかは、どこぞの博士か教授かのような威厳のある咳払いをした。
「へえ、すごいなぁ。ほのか先生はなんでも知っているんですね」
葉一もその調子にならって、その助手か何かに成りきった。
「宇宙飛行士は、きっと、チビのふわうさぎを捕まえにいっているのだよ」
「多分」と言いながらも、ほのかは昂然と胸を張る。
葉一は笑いながら、拍手を送った。
その後も、ほのか先生はそれらしい口調で、空想の世界を繰り広げていた。
たまに素が出るところが面白くて、その度にほのかは咳払いをしてごまかしていた。
「ほのかちゃんは、将来、博士になれるかもね」
「ううん。あたしは、物語をつくる人になる!」
「へえ、本を書く人? いいじゃん、ぴったりだよ」
ほのかは、にぃと歯を見せて得意げに笑う。
「葉一くんは?」
「ぼくは、えっと、うーん」
正直、考えたことがなかった。
葉一には今という現実がとにかく苦しかった。
一日を やり過ごすことだけで精一杯だったから、未来にまで目を向ける余裕を持つことができなかった。
「いい夢が見つかるといいね」
「うん。じゃあ、また明日ね」
Y山の前でほのかと別れ、独りになった葉一は、将来の自分の姿を思い描いた。
5年後、10年後……自分は一体、どんな人間になっているだろう。
しかし、その未来像はまるで形にならず、随分とぼやけみえた。
きっと、今は分からないことなのだ。
いつか、それがはっきり映ってみえる時がくるのだろう。

葉一は帰路を歩きながら、俄に胸を弾ませた。
いよいよ、明日は誕生日。
色々なことがあったけれど、明日は楽しく過ごしたいな。

――もう……終わりにするね。

ほのかは、亡き父に囚われ、独り苦しんでいた。
だが、もう独りではなかった。
葉一は、ずっとほのかの傍にいようと思った。
ほのかちゃんが辛いとき――たとえ、どんなところにいても――ぼくは、必ずそこへ行くよ。

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;パーティ中「ほのかが死んだ」という描写
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8月24日。

菊岡邸に着くなり、菊岡は葉一の頭に賑やかな色合いをしたとんがり帽を被せた。

「主役は、こうでなくっちゃ」

満足した面持ちを浮かべると、菊岡は台所の方へ行ったり、2階へ上ったり、室内を忙しなく駆け回っていた。

それが落ち着いたなと思った頃、インターホンの音が鳴った。

「お邪魔しまーす」

玄関から、喋り声とともに2-1の生徒たちが姿をみせ、葉一のいるリビングに入って、好き勝手にソファやカーペットに
座り込んだ。
「早く始まらないかなぁ」

総勢10数名に及ぶ、2-1のクラスの生徒たちは、各々くつろぎ、はしゃぎ、
時には葉一に話しかけ、午後10時を待ちわびていた。

葉一は、普段会話することのないクラスメイトから声をかけられることがとても嬉しかった。

「桐谷くんの桐谷って、かっこいいよなぁ」
とか
「今度、一緒にうちで遊ぼうよ」
とか、誕生日会が始まる前に、話すことが尽きてしまうのではないかーー
リビングには、そんな言葉の数々が溢れていた。

「ほのかちゃ……茂上さんは、まだ来てないの?」
葉一が尋ねると、
「うーん、そうみたい。家が遠いから遅れてくるのかも」
と女子が教えてくれた。

「はーい! 皆さん、お待ちかね! 葉一くんのお誕生日会の始まりだよ!」

わあ、と歓声が上がり、たくさんの拍手が重なりあった。




「葉一くん、お誕生日おめでとう。これ、気に入るか分からないけど」

順番に手渡されるプレゼント。

葉一はその包みを開いていった。

色々な文房具。
手書きの絵。
キーホルダー。
怪談ものの本(これが一番気に入った)。

バースデーカード。

葉一は言葉を失っていた。
温かな感情がひたひたと胸に迫り、涙腺を緩ませる。
「皆が真面目にやるから、葉一くん、困ってるよー!」

「感動してるんだって、こういうときはちゃんとやんなきゃ」
「静粛に! 葉一くんが泣いてしまわないように気をつけて渡して下さい!」
菊岡の冗談が葉一の心と身体を解きほぐす。

全員からプレゼントをもらい受け終わると、葉一の口元におもちゃのマイクが当てられた。
「何か一言お願いします」
「あ、うん。皆からこんなにも贈り物をもらって……とても嬉しいです」

唐突な感動に打ちのめされ、頭がまだ状況をよく理解していないようだった。

なんだかもう、感情にもみくちゃにされたようで、葉一の声はぐらぐらと震えていた。

「おい、そういえば、菊岡がまだプレゼント渡してねーぞぉ?」

そう声がすると、女子たちが、たちまち非難し始めたので、葉一は心苦しかった。

「おい、待ってよ、ちゃんとあるって! でも……みんなみたいな、物じゃないけど」

そうすると、どこからか、オルゴールのBGMが流れ始めた。

途端に室内は静かになり、菊岡が注目の的になった。

何が始まるんだ、という気持ちがその静けさに表れていた。
「えっと、実は――」
そんな言葉から、菊岡の話が始まった。
「僕はずる休みしていました。
いつも、風邪とか嘘ついてたけど……本当はどこも悪くありませんでした」

雰囲気のためか、野次を飛ばす者は誰もいなかった。

「でも、それを葉一くんは、黙っていてくれました」

気恥ずかしくなったのか、菊岡は頭をかく。

それから、ポケットから取り出したメモ用紙をちらりと見た。

「僕は、その時、葉一くんがとても優しいと思いました。
けれど、葉一くんの優しいところは、それだけじゃありませんでした」

訊きながら、なんだろうと葉一は思った。

「僕はある日、葉一くんと商店街で悪いことをする不良たちを見ました。小学5年生くらいの男の子からお金を盗ろうとしていました。僕らは逃げました。それから、大人に教えようと話しました。
でも、葉一くんは僕の意見に反対しました。なんでだろうと思いました。
帰ってから、お母さんに話をしたら、こう言いました。
きっと、葉一くんは、邦明に悪い被害が及ばないに考えてくれたんだよ。
どういう意味か訊いたら、葉一くんは邦明を守ろうとしてくれたんだ、とお母さんは答えました。
僕は、驚きました。驚いたし、偉いなと思いました」

ぎこちなく菊岡は話しを終え、皆は拍手をした。

オルゴールのBGMが止むと、ふっと気を緩めたように室内が賑やかになった。
「それで、菊岡のプレゼントってなんなの?」

「え、この話に決まってるじゃん」

真顔でそう答えると、「そんなのありかよー!」と男女関係なしに皆は立ち上がって、政治家みたいにざわめき始めた。

「さーて、それでは、皆様お待ちかねの、お食事タイムでーす!」

ごまかすようにそう声を上げた菊岡は、皆をダイニングに誘導し、各々の席へ座るよう促した。

長いテーブルには、見た事もないごちそうが山のように用意されていた。

色とりどりの料理やデザート、その中央には、8本のロウソクとイチゴをふんだんに乗っけた
純白のケーキ。

「あ……」

葉一は、思わず声を漏らす。


ーー葉一くん、お誕生日おめでとう!


そう文字の綴られた、チョコレートの飾りが目に止まった。

感情の波が静かに押し寄せる。


「よーし、食うぞー!」

「おいこら、まだ、だめ! その前にさ」

「そうだった」という声を皮切りに、皆が目配せを始める。

菊岡がパチンと指を鳴らした。

すると、リビングの電気が消えて、ほとんど真っ暗になった。

びっくりとする葉一の視界の中央で、小さな灯火が一つ、二つと浮かび上がる。

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;ロウソクとケーキ×8
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『これ全部消したら、葉一くん、8歳だね』

それらが、8つ揃ったとき――葉一はぴたりと動きを止めた。

「ん、どうしたの?」

「遠慮なく吹き消してくれよな」といい、菊岡はにやりと笑ったが、
葉一は口を閉ざしたままだった。

僅かな静寂の後、ガタッという物音が響いた。

「あ、大丈夫?」

一旦、菊岡が部屋の明かりをつけた。

「あれ……?」

一同の視線の先に、葉一の姿がない。
そこには、横たわる椅子だけが残されていた。

「急にどこにいったんだ? 葉一くん」

皆は不思議そうに、主役の消えた席と消えぬままの炎を眺め、
どうしたのだろうかと思案した。

だが、多くの生徒たちは、その答えを推し量ることができなかった。

「うーん。もしかして」

「もしかして?」

誰しもが沈んだように黙する中、ようやく女子の一人が口を開けた。

「――茂上さんが、いないからかな……」

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;死が確かなものとなる


;
;晴れ渡った虚空の下の死別。
;


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皆が、自分を祝ってくれることは純粋に嬉しかった。

しかし、その場所に最もいてほしい人がいなかった。



――明日、あたしも行くからね!


昨日の見た彼女の笑顔は、偽りのない「本心」そのものだった。

ようやく、ほのかの立つ場所に、辿り着くことができたようだった。

一緒に並んで、これからの未来を進んでいける――そんな気がしていた。



「ほのかちゃん……」



8月24日。
今日は、新たな物語の一ページとなるはずの日だった。
8歳を祝う誕生日会には、どうしてもほのかがいなければいけない。
そんな思いが葉一の胸に秘められていた。



だから、ロウソクの火を消すことが躊躇われた。

できなかった。



何も言わずのまま残して来た皆に、後でちゃんと説明
しなければいけない……。


しかし、なぜ咄嗟に飛び出してしまったのか、自分でも不思議に思えた。

「ほのかがいないのなら、連れてこればいい」

今思えば、単純な理屈だった。

ほのかと一緒に楽しい時間を過ごしたかった。



「ねえ、ほのかちゃん……」


いつまでも一緒にいたかった。


「ほのかちゃん、違うよね……?」

もっと話したいことがあった。
山ほどあった。



「違うよね……」



葉一は、全力で否定し続けた。



「だって、来るっていってたじゃん……」



違う、違う、違う……。



「早くケーキ食べたいって……言ってたじゃん……!」



きっと、ミニトマトの食べ過ぎで、お腹壊しちゃったんだ……ね、そうでしょ?

だから、部屋とトイレを行ったり来たりしててさ……それなのに、
ケーキ食べたいなんて、考えてるんだ、きっと……そうだ、
そうだよね?

茂上家に着いてすぐ、玄関の扉を開き、ほのかの名を呼んだ。

リビングに行き、2階の部屋に行き、そこにいるはずの、ほのかを一生懸命探した。

しかし、室内はもぬけの殻だった。


どうして、いないの……?


胸の奥部の一番大切な場所にある、繊細ものが泣き崩れて、そのまま、消えていった。


誰もいないという、孤独感。
何もないという、虚無感。
もう明日は来ないという、絶望感。そんな意識、そんな感覚。


葉一は、溺れたように上手く呼吸ができなくなった。
だが、もがくように、空気を求めるように屋外へ出て、

すがるような眼差しをY山へ向けながら、一心に路上を駆けた。


白と黒。

強烈な閃光が脳裏で幾度も点滅する。

暗室が白い光で満ちる。

瞬時に暗室の黒に戻る。


スイッチが壊れてしまう……。
異常な勢いで、onとoffが繰り返される。



ほのかは、ここにいる。


**い。


ほのか、ここにいる。


*ない。


ほのか、いる。


いない。



ほのか、もういない。



河原に人影はなかった。

葉一は、大声でほのかを呼んで、辺りをくまなく探した。
川沿いを駆けて、茂みを掻き分けて、ほのかへ近づこうとした。

陸に漂着した流木のように、ほのかはいた。
濡れた髪が乱れ、白い頬にまとわりついていた。


「ほのか、ちゃん……?」
確認するように訊ね、伏せる身体に近づいた。

回り込んで、片腕の中の横顔を見た。


安らかな表情だった。

口元は薄らと微笑んでいた。

まるで、幸せな夢でも見ているかのようだった。

声をかけることもせず、身体を揺することもせず、ただただ、
その顔をいつまでも見つめた。


頭の中のスイッチは、止まっていた。


壊れてしまっていた。


ほのかも、ずっとこのままなのだと、葉一は静かに理解した。



ひどく縮み込んだ気がした。

結び目のほどけた風船のように。


小さく小さく……。


ーーほのかは、川で溺れた。


静香、ケーサツ、病院、葬儀。

深枝先生との話。

静香、プレゼントの手紙。


Y山の川に、潜る日々。
彼女の苦しみを知りたかった。
彼女が夢で聞いていたという音楽を求めていた。

「僕も、ゆっくり眠りたいよ」



きっと、苦しかっただろう。

水中でもがきながら、必死で助けを求めたに違いない。

「あの日、ほのかは、すごく喜んでいたわ。今日、葉一君の誕生日なんだよって
朝食の用意をする私のところまできて、夢中になって話すのよ。私、なかなか
支度が進まなかったわ」

そう言って、思い返すように静香は視線を遠くに向けて微笑んだ。

だが、その仕草すべてが寂しげで、葉一は今にも泣き出したい気持ちになった。

「でも、電話をした後のあの子はなんだか沈んでいて、何も言わないまま外に
出て行ってしまったの。あんなに元気だったのにってちょっと不思議に思ったけど、
私、深く気にかけずにいた……それが間違いだったんだわ。あの時、私がちゃんと話を
聞いてあげていれば……」


葉一は、涙を押さえ込むように服の袖をきつく握りしめる。

熱いものが流れ出ないよう、奥歯を噛み締めていた。



涙がぽろぽろとこぼれていた。
葉一は、こんなに辛いことはないと思った。

静香は葉一の背中を優しくさすりながら、
「大丈夫だからね」

「葉一くんは一つも悪くないんだよ」と語りかけた。

そのあやすような言葉の一つ一つが葉一の胸にじんわりと伝わった。
だが、葉一は自分を許すことができなかった。

絶対に許すことができなかった。


静かに翳る エッグ

これは、幼少期の没シナリオだね~♪

静かに翳る MADOROMI

とにかく、ラストと幼少期の幻視・幻聴辺りには苦労した。。汗 自分の作品インプットが足りないのか、ミステリー性を出すと、どこかで「科学的/医学的な説明」をすることになる流れが浮かび、必死にそういう一般的なシナリオの手順から外れよう外れようとしていた。

静かに翳る 幻の麻野

大変ですね。

静かに翳る MADOROMI

その説明を物語に含ませることでリアリティが生まれ、結果「本当に謎だ・不思議だ」と納得させることができるのだと思う(多分)けど、専門知識ないし調べる根性も理解力もなかったから、できなかった。

静かに翳る 動物人間

しろよ。

静かに翳る MADOROMI

……で、結局それ以外の方法で状況を理解させる(納得させる)ことが全然できなかったから、結局、歴史や科学の力で説得させる作戦になった。orz 製作に行き詰まって「しゃーないわ」と場当たり的に説明部分を設けたものだから、全然納得させられてないと思っている。

静かに翳る 動物人間

物語の核心になるもんは、企画開始時から一番重要視してねぇとダメだろ。探り探りやってくにしても、製作終盤で帳尻合わせみてぇなやっつけ仕事見せられちゃ、読者も冷めるわ。

静かに翳る MADOROMI

はい……。上質なものを本気で求めている方々には申し訳ないばかり……。

静かに翳る 幻の麻野

今後は改善していきましょうね。(ニッコリ)

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