2014年
8月11日
翌日、ほのかがいるであろうY山へ向かった。
葉一は、河原を見回し、木陰で空を眺めるほのかの隣に腰掛けた。
「ほのかちゃん……お母さんから、聞いたよ」
少し首を傾げるその面持ちには、薄らと葉洩れ日の光が浮かんでいた。
それを二つに分断するように、こめかみから一粒の汗が垂れた。
昼下がりの河原は異様に暑かった。
「……お父さんのこと?」
葉一は、うんと小さく頷いた。
「本当はね、直接きこうと思ってたんだ……。だけど、ぼく、怖くなって……逃げ出しちゃった……」
ほのかは微かな声で「葉一くんだったんだ、あれ」と呟いた。
葉一は、正直に打ち明けた。
ほのかと「誰か」が話している光景を目の当たりにしたこと。
そして、その一方的な会話の中から、ある単語――お父さんという単語を耳にしたこと。
「気になってたんだけど……ずっと言い出せなかった」
うなだれる葉一を慰めるように「そうだったんだ」とほのかは声をかけた。
「あれはね……ウソのお父さんなの」
「ウソの……お父さん?」
ほのかは僅かに沈黙した。
言葉のない間、葉一の心はじりじりと張りつめるようだった。
徐々に強ばる心は、ほのかの秘密が、今まさに明らかになることを悟った、葉一の緊張そのものだった。
ごくりと唾を飲んで、葉一は返事を待った。
「うん……本物じゃないって、分かるんだ。
お父さんのような姿で……声もそっくりで……初めは、本当のお父さんだと思った。でも、後から違うって気付いたの。ウソなんだって」
「でも、ほのかちゃんのお父さんは……」
うんと軽く頷き、
「でも、あたしには見えるの」
とほのかは言った。
彼がすでに故人であることは、ほのかの母親から聞いたところだった。
では、なぜ、死んだはずの父親がほのかには見えるのだろう?
葉一が疑問に思ってすぐ、ほのかはそれに答えるように、父との思い出を語り始めた。
彼が亡くなったとき、ほのかの母親は、そこで死んだとだけ告げたそうだ。
死因や理由を教えてはくれなかったという。
しかし、ほのかは悟っていた。
ほのかの父、茂上義之が重い病にかかっていることを。
義之は隣町の総合病院へ通っていたが、ある日、医師から自身の患う病が治らないことを告げられ、余命も宣告されていた。
ほのかが、その事実を知ることはなかったが、当時の彼女は、父が何かを隠していることに感づき、何度も尋ねたという。
彼はそのとき、返事をせず、ただ笑っていた。
すぐ良くなるとだけ答えたそうだ。
ほのかを安心させるためだった。
そんな折り、義之は病院を抜け出し、一人Y山に足を運ぶことがあった。
息絶え絶えに森の中を歩き、頂上を目指した。
そこには老朽化した住居があった。
住んでいるものはいなかったが、義之に必要なものが一つあった。
ピアノだった。
自宅にもあるのにも関わらず、義之はわざわざ山奥へ入った。
それは、家族に気遣われることを厭う、彼の性質を物語っていた。
また、そうすることで、我が身に訪れる死を静かに見つめていたのだった。
「ある日、お父さんのお見舞いに、病院に向かったの。でも、病室にお父さんいなくて、
あたし、Y山へ探しにいった」
度々、義之は、ほのかをY山に連れて行き、川で遊ばせていた。
「でも、その時は独りで、しかも辺りが暗くなっていたから、ちょっと寂しくて、半べそかいてたんだ」
しかし、Y山に義之の姿はなかった。
ほのかは心細くなって、それを紛らわせるように浅瀬に進んだ。
その時――
奪われた。
「すごく怖かった……。息ができなくて、あたし、必死にもがいてた」
ほのかは、ふっと脱力するように、口を閉ざす。
「それから、覚えてないんだ」
ほのかは空を眺めていた瞳を、葉一の顔に向けた。
「目覚めたら、河原にいて、もう辺りは暗かったの。でも、心細くなかった」
ほのかは、川で溺れたことを思い出し、それから、自分が助かったことを悟ったそうだ。
翌日、いつまでも病院に戻らない義之を捜索が始まり、Y山で死んでいる彼が発見されたという。
「お父さんが死んでから、あの夢を見るようになったんだ」
「あの夢……?」
「水中に溺れていくと、音楽が聞こえてきて――」
「ああ、思い出したよ、その後安心して眠るんだよね」
「うん……不思議なの。最近は、毎日のように、その夢を見る」
ふうと疲れたように息を吐き、ほのかは額の汗を拭った。
「だから、この山に来ていたんだね」
「うん。ここは、お父さんとの思い出がたくさん詰まってる場所なんだ」
すっと立ち上がり、
[fadeoutse time=2000]
「葉一くん、ついて来て」
走り出すほのかはそう声を上げ、木陰から炎天下の日差しのもとへ飛び出した。
「あ、待って!」
ほのかの向かう先は、どうやら、以前訪れたことのある、道具置き場のようだった。
「ここで、いつもお父さんと悩んでた」
「どうして……?」
「ここをね、庭にするか、畑にするか、考えてたんだ」
手招きされた葉一は、改めて辺りを見回しながら、ほのかの後に続いた。
「結局、どっちつかずのまま、お父さん死んじゃって――でも」
屈み込むほのかの見つめる先には、一畳程の小さな畑があった。
[fadeoutse time=2000]
[backlay]
[image storage="芽.jpg" page=back layer=base]
[trans method=crossfade time=1000]
[playbgm storage="空色エアー.wav" gvolume=5 volume=5 loop=true]
[wait time=1500 canskip=false]
「これ、ほのかちゃんがつくったの?」
「そうだよ」
耕された土の上には、小さな新芽が顔を出していた。
まるで、たった今、芽を生やしたばかりと思えるような、ひどく小ぶりな存在であったが、[l]
それでも葉一は「すごい」という感嘆を漏らしていた。
ほのかは父の死後、独りで畑を耕し、種を植え、枯れてしまわぬよう欠かさず水やりをしていたようだった。
「大変だったんだね……」
葉一は、ほのかが黙々と作業する様を想像した。
脳裏には、寂しげな面持ちで、土の茶色だけが広がる畑へ、そっと水を与えるほのかの姿が浮かぶようだった。
言葉にできないような、とりとめのない感情が葉一の胸に込上がった。
「初めはね、何も出てこなくて寂しかったけど、
でも、ちっこい芽が出た時は、すごい嬉しかった」
そう口にしている間、ほのかの顔にいつも明るさがあったが、話し終えてすぐ、それは日が沈むように陰った。
葉一は、その陰る表情を見て、きゅっと胸が締め付けられるようだった。
ほのかは、その喜びを父親に伝えたかったに違いない。
誰よりも先に、独りで頑張っていたことを伝え、褒められたかった――。
言葉はなくとも、ほのかの胸に抱いた気持ちを汲み取ることができた。
「お父さん、きっと喜んでるよ」
「うん……」
[fadeoutbgm time=2500]
そのときできたのは、ほのかを励ますことだけだった。
葉一の心は塞ぎ込むようだった。
※ここで最高の喧嘩をする。


ウソのおとうさんってなあに??

ここは私が説明しましょう。

はやくしろ。

はい。この「ウソのお父さん」は、私「幻の麻野」に修正される前に、ほのかを脅かしていた存在です。茂上義之の姿をしています。

単純にネーミングが不気味だと思ったのだけれど、あとで「おかしい」と気づき修正しました。

ほのかにとって父である義之は、「最も大切な人」です。茂上一族の末裔であるほのかが、最も大切な人の姿を目にするタイミングは、死の直前であるという設定だったので、矛盾が生じたのです。

で、その代役に麻野が抜擢されたってわけか。

麻野は様々な設定を補う要員として、誕生させてしまいました。。。

別にいいんじゃねーの??(笑)

どこかの日付でも書いたけど、説明のためだけに存在する登場人物ってのがね。。

引っかかるのか。

ぼくもそうなの??

まあ、そんなところかな。。

お前は、人物じゃねーし。(笑)

おまえだってへびみたいなやつのくせに!

創作物であるから、言ってしまえば、全員が全員、設定・説明要員であるわけだけれど……。うーん……。答えはまだ見えぬ……。

一つはっきりすることは――ここに、誰一人「人間」がいないということですね。

うん……??
幼少期中盤の修正前テキスト。最後の「※ここで最高の喧嘩する」は、前ページの内容のことです。