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2016

完全に創作意欲を失ったMADOROMI。作業が苦痛なあまり、心身はもはや健全とは程遠い状態となる。 しかし、自分を追い込み「もっと良いものを」とこだわり続けてきた作品とその創作の日々がいつも脳裏に浮かんでいた。 MADOROMIは諦めず、完成を目指し、最後の力を振り絞る――。

2016年

  6月06日 人物関係表

  6月21日 整理

静かに翳る エッグ

2016だけ、すくなくてごめんね。

静かに翳る MADOROMI

大方データが出来上がっていたから、主な作業は細かい編集(調整)作業ばかりで……あまり公開できるものがなかったよ。。

※その分、当時の記録がやたらボリューミィになっている……。

当時の記録(ブログ)

■2016年 3月10日 (木) 今更ブログスタート もうすぐで完成だというのに、テンションが上がらない。引越し前でしばらくの制作できない時間ができてしまうから、その前にできるとこまで仕上げておかないといけないだとか、引越し後は、おそらく製作に費やせる時間は消えるだろうとろうから、完成させるのは今のタイミングしかない、だとうか、いやそんな ことはない、上手く時間を使えば、今後も製作が可能だとか、あーだこーだ、要するに逃げるための言い訳を考えてしまっている。
***
全力で好きなことをし続けてモチベーションを高めた。朝、ゴミを捨て就寝、起床後は引越しの準備を進める。部屋がだいぶ片付いた。
■2016年 3月11日 (金) あばあああああああああ 部屋の片付けで腰が疲れた。サイトにアップしようと考えてた過去のアナログ絵とか 時間がなかったから全部ダンボールの中にぶち込んだ。スキャニング作業は今後進むのだろうか? (……やろうと思えば、一日でできそうだから大丈夫か)
***
あばあああああああああ 3
■2016年 3月11日 (金) 静かに翳る紹介Webサイトデザインが上手くいかない。
なんだか、近頃ダウナーなんだけど、どうしてだろう。引越し間近だからだろうか? 生活環境が大きく変化することに対しての不安だとか あれこれ感じちゃってんだろうか、心の片隅で。
今日は震災の日だから、その影響も少なからずあると思う。
近頃、文章がまるで書けない。過去最低クラス。猛烈に脳味噌がどろんどろんになっていってる。ガッツリ文章を書く時間がなくなり、小説なんかを熟読する こともなくなり、確実にシナリオを作る力が衰えている。

①考える⇒ シナリオ展開 舞台・キャラ設定 とか
②閃く ⇒ 文章のリズム、ボキャブラリー、心理描写 とか

①は、今まで蓄えてきた作品のストックでなんとか補えるかもしれない。しかし、②は、常日頃からセンスを磨き続けていないと、全然ダメ。
どっちにしろ、考えることや想像することを脳がやめてしまうと、難しい。うぁああああーーーびゃあああああああ!! こういうことしか書けなくなるから、深刻。  
あばあああああああああ
■2016年 3月12日 (土) よっしゃああああ 静かに翳る紹介Webサイトの世界観には、プレイ画面とイメージタグをまばらに配置する感じにしてみようかと考え中。
◆やっと独自ドメインに変更ができた!
よっしゃああああ
今まで散々設定をいじって反映を待ってきたが、いつまで経ってもお名前.comで取得していたbonyari.clubのドメインに 変更することができなかった。なんでだったんだろう。。
よっしゃ!! これで、Twitterにリンク貼れるし、Webサイトとブログつなぐことができ る! 早急に「世界観」」「作品」「リンク」のページを準備しないと! 今日はサイトを充実させる日にしよう。ぼんやりクラブのWebサイト公開も、もう目前や!
■2016年 3月16日 (水) 【停滞中】 引越しが住むまでは落ち着かない。そして睡眠がままならぬ。
■2016年 3月17日 (木) 【停滞中】 PCのバックアップ作業が終了。保存していたデータはおそらく、これで大丈夫。ただ、万が一配達中にぶっ壊れたら、アプリケーションを入れ直す作業がかな りに手間取りそう。
■2016年 3月20日 (日) 【引越し】 引越しが完了し、PCでの作業環境も整った。今までと近い環境で、しかし今までと違う努力をしたい。
***
「これはダメだ……」と感じていたラストシーン。前回の修正で、マシになった気がする。でも、クライマックスを盛り立てる要素が足りない気がする。
■2016年 3月23日 (水) 【ショック】 作業は進んでいない。
■2016年 3月27日 (日) 【テストプレイ】 しばらく作業ができなかった。感覚を取り戻すために、一つのシナリオを見ていった。
■2016年 3月28日 (月) 【ラストシーン】 ラストのシナリオの加筆・修正などした。
それから、ぼんやりクラブのトップページに拍手ボタンを設置。
■2016年 4月1日 (金) 【作業】 修正作業を少々。
■2016年 4月5日 (火) 【作業】 タイトルアニメーションが不可能でないことが分かったので 中途だった状態から描き進めていった。
「最終的に加工すると細部は消える」 これを再び確認することでモチベーションを高めることができた。
■2016年 4月14日 (木) 【日記】 しばらく不調が続いていたが、そのうち薬に慣れていくと思う。まだ頭の中に霧がかかっているような、キレない状態だが、時間をかけることで調子を取り戻すことができると思う。
頭を使う力も衰えているが、体力の方は枯渇というのか どん底まできているというのか、このままではまずいという 危機感が生じるレベルなので、日々のランニングを続けて 減量と体力向上を目指したい。
昔は、狂気じみていた。自分をとことん追い詰めて、心身を削るような無茶をしていた 気がする。「……でも、もっと努力している人間がいる」と、いつも上を見、ハードルを上げ、苦しんでいた。そうすることで 己の価値を高めることができると信じていた。だが、そういった プレッシャーに屈しない程強い人間ではなかった。すぐに諦め られる程の潔さももっていなかった。
しかし、プライドやこだわり、信念といったものを取り払った末に 一体、何が残るのだろう? そこに自分はあるのか? 創作活動をする上で、何より大事なのは、自分の中身を作品に 注ぎ込むことだと思う。多くの人間に理解されないものでもいい。芸術でいい。いつも作品に問われるのは、「そこに自分があるのか?」 それだけだと思う。
自己中なものでも、自己中を極めれば、最高傑作が生まれると信じているし、滅茶苦茶マニアックな世界観であっても、きっと面白い作品が生まれるはず。異物であれ。
結局、うまく集中することができず、生産性の低い 時間を過ごすこととなった。
デジタルノベル制作を終わらせるためには、常に文章に慣れておくことが必要。読書と執筆の時間はできるだけ設けようと思う。
さらにノベルゲームや物語性のある作品を見て、日頃低空飛行のモチベーションを上昇・維持し ていけるよう心掛けたい。
語彙力を向上させるだけでも、思考回路の潤滑剤としての 役割と果たすだろうと思うので、未読の小説を語彙に注意 して順に消化していきたい。
時間ができると何かを生み出したい症候群が発症してしまうが 企画に入る前の段階で、
「静かに翳るを完成させることで初めて、頭の中のキャンバスを新しいものに交換できる」
という結論にいつも達するので、あれこれ手を広げることをやめて、一点集中で作品作りに励みたい。さぁ、苦しんで作業を進めよう!
***
■2016年 4月18日 (月) 【タイトル画面/作業】 タイトルアニメーションの修正作業。
コンスタントに作業を進めることができていない。
■2016年 4月23日 (土) 【作業】 タイトルのオンマウス表示は、瞬間的な切り替えをすると (ボタンとボタンの上でマウスカーソルを高速移動させると) 正しい表示がされない問題が発生していたため、諦めた。
ボタンに触れると自動で別のシナリオ.ksにジャンプし、そこで説明文と、始めるボタン、戻るボタンが表示される。動作が重くなるのが嫌だったから、瞬間的な切り替えが 出来る仕様にしたけど、結局それがネックになっていた。ボタン自体はグラフィカルボタンでもクリッカブルマップでも 問題はなかった。ただ、onenterで画像を表示させると、上記のような挙動が可能になってしまう。なので、仕方なく 他のボタンを選択できないよう画面を切り替え、別ページ上で 説明文を表示させる仕様に変更した。いちいち時間がかかるけど これで滞りなく先へ進むことができる。と思う。
タイトルアニメーションの修正がなかなか終わらず苦痛だが、少しずつ完成に近づいていることを意識して作業を進めていきたい。
■2016年 5月4日 (水) 【完全離脱】 完全に作業が停滞している。
■2016年 5月10日 (火) 【朦朧】 創作に必要な思考回路がうまく働いていない。
***
作品の規模がでかすぎるので、一度離れると 何が何だか分からなくなっている。そして把握作業で エンジンがけしている間に頭を消費してしまう。。
考える作業の要求レベルが高いから、現在の猿脳では うまく対応できない。グラフィック作成ならペンを動かし続 けることで大方の問題が解消されるのだが……。
一応、夏の作品だから、それまでに完成・公開したいな。
■2016年 5月12日 (木) 【リハビリ】
■創作について
物語のなかでの「死」は、どう取り扱うべきか。
人が死んでしまって、悲しくなるのは、その人に思い入れがあった証拠だと思う。全く関わりのない人が死んでしまっても、大して気にならないで忘れてしま う。悲しみは、どこかで誰かが亡くなったことをまず知ることから生まれる。その人をどれだけ知っているかで、その程度は大きく変わる。
思い出が作れなくなることは辛い。残された人は、自分のなかにある思い出を見つめることになる。しかし、見つめている自分だけが前へ進んでいく。だんだん過去の思い出から遠ざかっていく。
そういった喪失感、過去と現在との距離をテーマに、静かに翳るの 後半部は作られている。しかし、創作とはいえ、後から考えて、死に対する考え方が現実的で ない気がして、迷いが生まれてきた。
以前、家族を失った方のブログを読んでいた。その方は、亡くされた方との思い出を語るなかで、「未だ生きているような感覚」を覚えるときがあると書いていた。亡くなってしまったことに現実味がなく、どこかでまだ生きているの ではないか、という感覚がするのだという。
人が死んでしまっても、生きている人は、朝起きて、ご飯を食べて、会社や学校に行き、普段と同様に誰かと接して、いつも通りの自分を 続けなければいけない。だから、誰かの死は胸の奥に押し込める必 要がある。ひと時忘れる必要がある。そうやってして乗り越えていく しかない。
しかし、そんなことができるのか? 自分だったら、絶対にできない。ただ、どれだけの時間が必要なのか分からないが、いつかは死を受け入れることができるものだ、という考えはあった。もっとも、これは想像に過ぎず、おそらく実際は違っていると思う。シナリオを書いていた当時は、その辺のリサーチをしていなかったので、いい意味でも悪い意味でも自分らしいものになった。
問題 ⇒ 解決
というような、事務的な印象を与えないようにはしたが、読者がどう感じるかは分からない。安易だな、薄っぺらいな、と感じる人はたくさんいると思う。自分でもそう思う。
***
遺族の心の中で、故人はずっと生きている。死んでしまったけど、でも、一緒に歩んでいる。
忘れる、乗り越える、受け入れる…… という答えが存在するかもしれないけど、死が与える影響が完全に消えることはないように思う。むしろ、己が死ぬまで、この世にいない故人と向き合い続ける ことになるのだと思う。
***
「とにかく殺せば面白くなるぜ!」 という考え方は間違いではないと思う。
でも、肝心なのは、

①生前の描写 *どんな関係があったか? *どんな出来事があったか?など
②死に直面している描写 *死が迫ってきている時間 *まさに殺されかけている時間 *命が失う寸前の時間など
③死後の描写 *どんな変化が生まれるか?

この、過去、現在、未来に関わる時間をいかに描くか。シーンの順番は構成によると思うけど、死が登場する以上は 絶対にその後に影響が及ぶはず。その影響によって生じる事物の変化を描くためには、生前の 描写が必要になってくる。なので、死を描く場合はこの3つの要素が鍵になる。
人はそう簡単に死なない。だから、読者が納得ができるレベルの説明が必要。人為的な事件、事故、災害、病気などによる死の場合、現実世界に存在するので、丁寧に説明すれば、とりあえずシナリオとして成立する気がする。
生憎、自分は医学や刑事モノに詳しくない。にも関わらず、特殊なことをしようとして、苦しんだ。「???」 という読者の疑問を専門の知識でもって詳しく説明し 解消するという努力をせずに、気分で執筆した。
祟りや呪い、不可解な事件といったもの程、面白い 題材はない。しかし、難しい。うまくできなかった。明らかにインプットが足りなかった。その辺のセンスはない。
***
とにかく、死は物語にとっての刺激物で、魅力的。しかし、自分のような甘ったれが扱うと、作品が安っぽくなってしまう危険性を孕んでいる。
死の取り扱いは上級者向けで、難しいけど、創作好きなら、使いたくて仕方がない存在であるのも事実。
ただ、人を殺さなくても、面白いものは作れるから、一切無しでもいいと思う。
またいつか創作できる日がくるなら、なるべく殺さない 方向でいきたい。
■2016年 5月16日 (月) 【修正作業】 ※【静翳】ネタバレ注意 ***
ほのかの日記の文章レイアウトの崩れを調整した。そうしている間に、小学2年生が日記を書いている設定なので、小学2年生までで習う字は漢字にして、それ以上の学年で習うもの は平仮名にするという、涙ぐましい努力をしていたことを思い出した。死んだおやじ宛に日記を書いているという時点でかなりおかしいのだが、
ここでは本人が書いているという肉筆感を出したかったので、そういう ことをしようと思った。
幼少期編のシナリオの修正作業は苦しみそのものだった。というか、今も「どうしよう、これ……」と頭を抱える始末。単純に過去編をやりたかったのと、数年前より「12年前」とかの方が 興味をそそられると思い、葉一の幼少時代を描くことになった。そうして、とんでもない魔物を生み出すことに……。
というのも、どんなにドラマティックなシナリオを書いても、主人公が「小学2年生」であることは無視できない。大人びた行動力を発揮してしまうと、違和感や矛盾を生むし、それが直接破綻を生み出してしまう。
高校生くらい~大人であれば、どんなことをしても「そういうことも、できる かな?」 と納得させられるものの、心身が未発達の少年少女が、立ち入り禁止の山奥で 出会ったり ……なんて話になると大変だ。「……え、いくら創作とはいえ、無理やりすぎじゃねえか?」 腑に落ちない読者を大量発生させてしまいかねない。
なので、ほのかの場合は、小学生になる以前から親父に連れられ、山の中で遊 んでいた という設定をつけた。葉一の場合は、家に帰りたくない心境と、菊岡の話す噂 が気になった という理由を設けて、なるべく違和感を出さないようにした。一人で冒険してみよう、くらい思ってもいい年頃だろうという考えもあった し、なんとなく行動したことが将来に大きな影響を与える、という演出をしてみた いという 気持ちが当時あった。
問題は、それ以降なんだ……。
■2016年 5月17日 (火) 【修正作業】 ※【静翳】ネタバレ注意
***
幼少期の修正の続きをした。葉一にとって、ほのかは特別な存在である。ということを印象付けるための作業の最終チェックをした。
静香 ⇒ 桐谷君
麻野 ⇒ 桐谷君
菊岡 ⇒ 桐谷くん
先生 ⇒ 桐谷君
マニア⇒ 桐谷くん
ほのか⇒ 葉一くん
これは、登場人物が葉一を呼ぶときのそれぞれの呼称。幼少編のうち、唯一、葉一を「葉一くん」と呼ぶのは、ほのかだけなのであ る。誰も名前で呼んでくれないのに、ほのかだけ、葉一くんと呼んでくれる……。孤独な葉一にとって、それはきっと、とても嬉しいことだと思う。そう想像して、呼称をあえて変更し、ほのかだけ特別感が出るようにしてみ た。
■2016年 5月19日 (木) ※【静翳】ネタバレ注意 ***
ミニトマトに水を遣るため毎日Y山へ足を運んでいたほのか。父親の死後も、一人続けてきたほのかは相当まめな性格だ思う。
父親のこと抜きで考えて、小学2年生の子が森の奥にある植物へ 毎日水遣りをするという行為は、実際有り得ることなのだろうか……?
自分は三日未満坊主の愚物なので、何にしても継続ができない。周囲によって半ば強制的に牽引される場合でなければ、長期に 渡る継続は困難を極める。
ある種の強迫観念によって、己を突き動かされることならある。数年前から、どうしても、やらないといけないと思ってしまうことがあった。それが、まさに静かに翳るの製作だった。3年近く完成の見えない状況下にいたため、モチベーションはどん底まで落ち 込み、何ヶ月も放置していた時期もあったものの、どうしても切り捨てることができ なかった。
自分には創作しかなかった。創作を取ったら、自分には何も残らず、ただの肉塊と化してしまう。だから、簡単に手放すことができなかった。
そもそも、作品が中途で止まっていることが常時頭の片隅にあり、それが枷のように自分の思考や行動の幅を狭めていた。だから、いつも「続きやらないと……完成させないと……」という思いに駆ら れていた。誰かに強いられていることでもないのに、そういった心情になっていた。
そういった意味で、ズルズルと一応の継続をしてきたのが、唯一、静かに翳るの製作だった。
「たかが自己満足のフリーウェア作品の創作に縛られるなんてナンセンス!」
と考えることができれば、苦しまずに済んだのかもしれない。ただ、企画した当時は無限に広がる創作の可能性に希望を抱き、ひたすらに自分の描く夢を追い求めていた。その熱が冷めてしまう 前に、幻想編のシナリオはほぼ書き終わっていた。そこで冷静になり、吉里吉里の編集作業を進めていればよかった。そこで完結させていれば 後々苦しむことはなかったろうと思う。
「葉一の過去編もやるか」
と、欲ぶっこいて浅はかにも考えてしまったのがいけない。その辺の コントロールが下手くそな人間は、後で苦労するということがよく分かった。企画と計画がとても大事。
多分、創作で成功している方々は、この点がしっかり出来ているのだと思う。もっとも、試行錯誤も必要なので、ある程度の経験値がないと、「何を、どれくらい、どのように作るのか?」が、想像できない。想像せずに楽しみながら完成できるくらいの量であれば問題ないし、たとえどんな量でも、そうやってモチベーションを維持して創作できれば最高 だ。心からそう思う。だが、実際はなかなか難しいもので、正直途中で嫌になって くる。
自分に足りなかったもの。
①刺激
他の作品を見たり、創作を常に更新してフレッシュな状態にしておくことで、自分に刺激を与えられる。それが抜けると、どんよりする。
②インプット
シナリオや表現方法で行き詰まるのは、経験が足りない証拠。たくさんの創作物に触れて、アイディアや技術を学ぶことが必要。これがないと、吐きそうになる。
③リフレッシュ
モチベーションが下がり作業が停滞してしまうと、「ああ、今日も全然進まな かった……」 という状況が続き、メンタルヘルスが悪化。他のことをしていても、作業停滞が気になってしまい、満足に息抜きができない。そうしているうちにストレスが蓄積していって、悪 循環に陥ってしまう。(※自分は)なので停滞中は、作業をほっぽらかして、思いっきり好きなことをしてしまう ことが大事。一旦頭の中を綺麗さっぱりにし、メンタルヘルスを回復させることで、新鮮な 気持ちで 作業を再開することができる。これができないと、心が病んでくる。
***
ミニトマトは水を遣りすぎると果実が水っぽくなって糖度が低くなってしまう らしい。
ほのかは毎日やっている設定だから、Y山産のミニトマトは甘さ控えめかもし れない。
■2016年 5月20日 (金) 【ルビふり】 静かに翳る内で使用された語句のなかで、読み難そうなものにルビを振った。
***
世知辛い(せちがらい)根負け(こんまけ)/怪訝(けげん)/訊ねる(たずねる)/ 重篤(じゅうとく)
諭す(さとす)/相違ない(そういない)/所以(ゆえん)/箍(たが)/所謂(いわゆ る)/傍観(ぼうかん)
遠巻き(とおまき)/苛立つ(いらだつ)/変容(へんよう)/呑気(のんき)/食む (はむ)
寡黙(かもく)/不埒(ふらち/所詮(しょせん)/気圧さ(けおさ)/瑣末(さまつ)/ 昂ぶる(たかぶる)
洟(はな)/鎮め(しずめ)/堪らない(たまらない)/賑わう(にぎわう)/脳裏(の うり)/直々(じきじき)
睨ん(にらん)/安否(あんぴ)/遡れ(さかのぼれ)/矢庭に(やにわに)/潜ん(ひ そん)
時折(ときおり)/疼き(うずき)/湛えた(たたえた)/煌き(きらめき)/端から (はなから)
饒舌(じょうぜつ)/終日(しゅうじつ)/眩しげ(まぶしげ)/白んで(しらんで)/ 飄々(ひょうひょう)
緑陰(りょくいん)/目路遠く(めじとおく)/夥しい(おびただしい)/緩慢(かん まん)/戦慄(せんりつ)
憑かれた(つかれた)/雫(しずく)/痙攣(けいれん) /炎暑(えんしょ)/赴く (おもむく)/遂に(ついに)
奔流(ほんりゅう)/時分(じぶん)/鼓舞(こぶ)/纏う(まとう)/煽った(あおっ た)/臨む(のぞむ)
委ねる(ゆだねる)/滔々(とうとう)/咎め(とがめ)/圭角(けいかく)/苛烈(か れつ)/据え(すえ)
執拗(しつよう)/胸中(きょうちゅう)/辛苦(しんく)/脅か(おびやか)/顕に (あらわに)/帳(とばり)
目眩(めまい)/雑踏(ざっとう)/瑞々しい(みずみずしい)/面差し(おもざし)/ 狼狽(ろうばい)
縋る(すがる)/黄昏(たそがれ)/燦然(さんぜん)/興じる(きょうじる)/歪(い びつ)/漁って(あさって)
弔問(ちょうもん)/粛々(しゅくしゅく)/気怠い(けだるい)/朦朧(もうろう)/ 翳る(かげる)
零し(こぼし)/掠れ(かすれ)/拙い(つたない)/彷徨う(さまよう)
***
これだけ見ても、どんな作品なのか、なんとなく窺い知れる気がする。あまり平易でない言葉ばかりだけど、この言葉たちによって、自分の作品世界 が 構築されているのは間違いない。ただ、あまりに難解なものを使用すると 意味不明になるので、そういった言葉はなるべく使わないようにした。
零し(こぼし)/掠れ(かすれ)/拙い(つたない)/彷徨う(さまよう)
この辺は、平仮名で書いても問題のなく読める語句だけど、こだわって漢字にした。単純に「雰囲気が出るから」といえば、そう。ひらがなより堅い/強い/激しい…などのイメージを、文字の見た目を通して感 じさせたい、というときは、あえて漢字を使用していた。
「げきちん」と「撃沈」では、その字体から想像するものがどうも同じように 思えない。
前者は「うわ、赤点かよ…今回のテスト、げきちん」みたいな軽い印象。後者は「敵国@@により**艦隊撃沈!!」みたいな重たい印象。
しかし、こだわるも何も、まず文字が読めること=意味が伝わる・理解されることが、多くの人に読んでもらう上で必須であると思う。何が書いてあるのか分からなければ意味がない。
静かに翳るは、きっと多くの人にとって、文章を含め、よく分からない作品になっていると思うが、それでいいと思ってる。ただ、文章云々でなく、シナリオや演出の点で 「よく分からない」 というのは反省点でしかないので、改善していかなければいけないと思う。
今後、この規模の作品を生み出すことは、おそらくできない。もし、いつか創作できるときが来るならば、今回の反省点、改善点を踏まえ、頭を使わない楽しい作品を作ってみたい。
■2016年 5月24日 (火) 【デジタルノベル】 フリーウェアのデジタルノベルに出会ったのは、おそらく高校生の頃だと思 う。それ以前に作品をプレイしていたかもしれないが、デジタルノベルやサウンド ノベル というジャンルの作品が存在していることには全く気づいていなかった。
フリーゲームに、そういった文章主体のものがあることは知っていた。ADVというジャンルには、ゲーム性が薄く、シナリオと演出で勝負しているも のがあり、そういったものを漁っていくうちに、ノベルゲームというものを発見した。
小学生時代から読んでいた小説、はシリーズもののファンタジー作品が多く、他は学生が主人公の大衆文学がほとんどだった。読み物の100%が商業作品で フリーウェアのようなアマチュアが手がけているものを読む機会は皆無だっ た。
フリーのデジタルノベルに出会って、すぐその世界観に魅了された。
作者の住んでいる近所の風景を撮っているのでは、と思わせる 妙にリアルで、クオリティーの低い背景画像……。
MIDI音源で作られたような、短いループBGM……。
それらがシナリオとともに展開される演出の数々……。
どことなく主観的で、作者の人間性を窺えるような、独特の世界観が存在していることに、当時は驚きを覚えていたと思う。
病院が舞台の悲しく切ない物語。刑事たちが事件解決を目指し奔走する物語。文章、画像、音楽を総動員させて恐怖感を煽るような物語。
ホラー、ミステリー、サスペンスといった謎に迫る作品や 日常を舞台にしながらも、どこか幻想的で、ぼんやりとした不思議さのある作 品。(アンニュイ、頽廃、幻想といったジャンル)
そういった今までに経験したことのない世界を当時、たくさん知った。それらが現在の自分の根源を築き上げているように思う。
高校生の間に、「デジタルノベルを作りたい!」と考えていたので、大学生になってから、背景写真や効果音を集めるため、電車に乗って、神社や山川のある田舎など、色々な場所にロケハンしにいった。
■2016年 5月25日 (水) 深奥編のラストがまとまらず、苦悩を強いられたが、コネクトを聴きながら自宅でなんとかまとめあげた それをFK後半戦で整理
■2016年 5月31日 (火)【没部屋】2013年から今までの過程を振り返るとともに、没になったアイディアたちを集結させる「没部屋」企画が私界隈で浮上している。
膨大なメモや画像を整理してまとめることが大変で、今は余裕がない。だが、完成に至るまでの家庭が自分にとって大切なものとなってきているの で、できれば完成させて公開したい。
正直、完成された時点での中身が、自分以外の人間の「初めて目にするもの」 と なる……という感覚を何度も忘れてしまっている。
つまり、自分のなかで静かに翳るは、もう古い情報でしかなくて、目新しさなんて 微塵もない。しかし、世界で自分だけしか内容を知らない、という驚愕すべき 事実を忘れてはならない。
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ある日、私は、雷雨、という作品に出会いました。
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【作者沙良竜司様のwebサイトです】

雷雨


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私の処女作、暗澹たる闇を、のモチーフとなった作品です。
「こんな世界観、こんな表現方法ありなのか?」
と、衝撃を受けたフリーノベルです。
自分が無知であったがゆえに、そういったショックを受けただけ、ということもあるかもしれません。しかし、普通に生きていたら、絶対体験できないような世界観です。
一般的な商業作品で、ああいった世界観を生み出すことは まずできないと思います(売れなさすぎて赤字になるから)
要するにアングラな作品なんです。素人が創作しなければ、生み出せないような代物なんです。
そんな陰鬱で幻想的な雰囲気に、私はすっかり魅了されました。
誰も知らない世界を垣間見たような気持ちでした。他のフリー作品だと、今ではすっかり有名になったゆめにっきを プレイしたときの感覚に似ていたような気がします。
そういった非日常すぎる世界を生み出したい、多くの人に体験させたい、というのが、私の創作に対する根本的な考えで……今のところ達成していませ ん。。
そういったぶっ飛んだものを作るためには、圧倒的な労力を必要とするし、単純な思考回路では、今までにないような独創的な世界観を生み出すことが できません。
じゃあもし、短期間で、単純な思考回路で、そういったものを作ろうとする と、一体、どんなものができあがるのか? 
世の中には、そういった作品が数多く存在しています。その代表格が、暗澹たる闇をです。とにかく、グロさ、キモさ、バイオレンスで、高刺激!! 何もかもぶち込もしちまえ!! ヒャッハー!!
こういった方向性で制作したパワー系の作品です。
でも、こうなってしまうのは当然なんです。短期間で、単純な思考回路で、制作する場合、パワー系にならざるを得ないんです。
初めて作って、何年かしたあとに、そう思うようになりました。とにかく、足りなかったです。創作の経験もそうだし、世の中にどのような作品があって、どんな表現方法を用いているのか……そういった知識も 乏しかったのです。
天才はそうではないだろうけど、ふつうの人が最初に力いっぱい 作ったら、どうしてもパワー系になってしまうように思います。私のようにならないなら、間違いなく天才です。
アイディアが命で、技術力はその次と言われますが、私の場合、どっちも同じレベルで必要だと思っています。
二つが同時にあって初めて可能になるものって、あると思います。創作していると、いつもどちらかが足りなくて、 「ここで、もっとアイディアがよければ、この技術が活きてくるのに…」
「ここで、もっと技術があれば、アイディアが光ってくるのになぁ…」
という感覚を覚えます。
だから、足りない方をどちらかで補う形になります。私はそんな程度です。(正直、どっちも足りない)
アイディアを活かす術=技術ですが、高い技術というものは、アイディアを伴う、というのか、内包するような存在だと私は思っているので、完璧に一つで独立している、とは考えていません。
相互作用が大切なのは言うまでもないえす。
なんだか、何を言っているのか、自分でも分からなくなってきました。
デトックスえす。
おわり
■2016年 6月5日 (日) 静かに翳る・幻想編には、優という謎キャラが登場する。森月涼子の妹として描かれるが、その実体は明らかに されていない(というか意図的に描いていない)
以下は、優が登場しセリフを話すシーンがあるシナリオ ファイルをまとめたもの。
□1_2.ks【short】
「お姉ちゃん……」 「なんでもない」 「うん」
□1_3.ks【short】
「お姉ちゃん、これ食べていい?」 「お父さんは?」 「なんで?」 「お姉ちゃん、このグミ、とれてるよ」 「お姉ちゃん、こっちの顔あげる」
□3_3.ks【short】
「うん」 「ううん。お姉ちゃん、大丈夫なの」 「うん」
□4_4.ks【long】
「お姉ちゃん決めてよ」 「やったー」
□5_2.ks【short】
「お姉ちゃん、隣のおじいちゃんどこいったの?」 「ふーん」 「お姉ちゃん、お話作ってるの?」
優は物語のスパイス役として抜擢された。日常に潜む狂気を描きたかったので、幼い女の子と大人しい老人という、一番驚きや恐怖と いったシーンに相応しくない人物をセットで登場させている。意外性を出したかった。
隣に住んでるじじいと仲良くしている優は、実は 涼子の知らないところで、とんでもないことをされている のではないか? という、なんとなく不気味な空気感を 特に演出したかった。
物語の序盤から、優が「なんかおかしいぞ」と思わせておく 必要があった。
そこで、不気味なBGMを流すことに決めた。もともと一番盛り上がるであろう、優の発狂シーンに使用 しようと考えていたが、すぐ後に、涼子の夢の中でまた ジジイの発狂シーンがあったので取りやめた。
しかし、どこかでBGMを使いたかったので、上記の シナリオの優が発言するシーンで、効果音っぽく利用する ことにした。
はじめは、優の登場シーンすべてに音を付けようと思って いたが、ラストシーンに使うとせっかくの雰囲気が壊れてしまう と思い、それを回避するべく、「台詞のあるところのみ音を鳴らす」 という仕様に変更した。
それによって、優という存在がおかしいと匂わせることができる。
【short】のついているシナリオには、BGMを短く切り出したSEを 1~9の乱数処理でランダム鳴らす仕様にし、【long】について はBGMをそのまま使用して、強弱をつけるようにした。
■2016年 6月18日 (土) 【光を孕んだ闇】 webサイトの世界観がなかなかまとまらない。
自分のなかにある世界を分類すると、主に4つに分かれている…と思っていたものの、各々が関与しあっていて、結局、かっちりと 区分けすることが難しい。
結局、一つにしてしまえば、光を孕んだ闇 となる気がする。
どんなに明るい話を作ろうとしても、そこには必ず、暗部が出てくる。ああ、どうしても出てくる。これは、自分の創作スタイルで、矯正のきかない癖のようなもの。
もっとも、近年は「いっつも暗い話ばっかだな」とシナリオを見ながら思うこ とも あるから、常に変化はしている。けど、やっぱり根本は変わらない。
で。それぞれを際立たせる明暗の相対する関係。これはセットで存在していて、光と闇で、1個という考え方が結論として出て くる。世界もそれで成り立ってるし、人間もそういう生き物だと思う。ただ、自分の場合は、光を孕んだ闇であり、主体になってるのは、闇という 点が、ちょっと違う。
闇がベースだと、そこにあるよく見えないものを、スポットライトで照らし て、映し出す必要がでてくる。
根本的に、暗闇のなかに「謎」が潜んでいて、それが徐々に露出していき、明らかになっていく…という流れが好きなのかもしれない。
大人になってから、明るい文体が書けなくなったのもある。シナリオの見せ方だけでなく、内容そのものが暗くなってきた。
それは、読んでいた小説に影響を受けて、変わっていったものだと思う。
いつからか、主人公が未成年である物語が読めなくなった。以前は、その人物に自分を当てはめることができていた。共感できたし、感情移入ができた。しかし、その立ち位置で見ていることに、居心地の悪さ、のようなものを 感じるようになってきた。しっくりこない、というのか…うーん、うまく言えない。
まあ、要するに、所謂「大人になってしまった」んだと思う…。(※ちなみに、それを決定づけたのが、道尾秀介の「ラットマン」だった)
そうなってしまってからは、自分の居心地のよい場所を求めていった。最近は読書をしていないけど、最終的に落ち着いたのが、中村文則だった。
・遮光 ・掏摸 ・何もかも憂鬱な夜に ・土の中の子供 ・悪意の手記
と読んできて、「迷宮」が未読状態。だんだん純文学よりになってきていて、普通の意味で本が薄くなってきてい る。時間と読む体力の減少も影響している。。
こんな感じで、私の闇ベースは構築されていった。
闇が主体だから、光を描くことが下手くそで…なんだかなぁ。微かに垣間見える希望、とか、そういう微光レベルでなら、まだ なんとなると思っているんだけど。。
とにかく、世界観の核は、闇で間違いない。陰鬱で狂気でグロで病的でバイオレンスでミステリアスでアンニュイでシュー ル。そういう魔物が自分のなかに住んでいる。こいつとともに創作人生を歩んでいくしかないのだ。ドタバタ学園ラブコメディやりたいよ♪ おわり
■2016年 6月25日 (土) 【さあ完走しやがれ】 静かに翳る公開日が迫る。
まだ残されたタスクがありすぎる!
全て消化して、スッキリしよう。
作業。
■2016年 7月3日 (日) 「あ、これいいな」というところまで、持っていくことができていない。
シナリオ力の低下が原因だけど、演出との兼ね合いで、文章だけのリズムが作り難い。
ラストシーンは、満足のいく形にする以前に、ラストとしてまとめること自体が、厳しい状況。
作品として妥協はできないが、自分の人生の1シーンとして考えれば、妥協も必要な気がしないでもない。
今まで、うまく生きていけなかったのは、選択肢を増やさずに、自分に対して、妥協を許さなかったからだと思っている。
それは立派なことであるかもしれない。でも、自分を苦しめることになっていた。
苦しむことを善する美学なんてないけど、そうしないと作品が死に、自分の存在意義が なくなってしまうような気がしていた。
要するに、作品が自分と直結していた。大切なものを犠牲にしてきたから、それ 相応の何かを得て、補う必要があった。
よい作品を作ることで、初めて自分に誇りを持ち、自信を持つことができると、心から信じていたが、そういう一方的な考え方は、時として苦しい。
取り柄のない自分を許し、認めることも必要なのだと 今になって思うようになってきている。
創作に命を懸けてもいいけど、それで健康を害したり、リアルに悪い影響を及ぼしてしまうことは避けたい。
嗚呼、なんて不器用なんだろう。
***
今は作業が成果に結びつかない現状。いや、結びついてはいるけど、微々たるもの。。
やはり、何か納得がいく進展がほしい。
少しでもいいから、楽しいという感覚を取り戻したい……。
そうすれば作業に意味を感じられる。
***
創作は「9」が苦しみで「1」が楽しみだ。創作好きは、その「1」のために苦しんでいる。人によっては、それが真逆の場合もあると思う。でも、「9」が楽しいってのは、嘘臭い。何が楽しいのかにもよるけれど、苦悩がない 創作なんて、存在するのだろうか。「9」の苦悩があるからこそ、最高の「1」を得る ことができるのではないだろうか。「9」が楽しいという者は、最高の「1」を得ること はできない。最高の「1」が、作品の魅力となり、命となり、自分を支える武器となる。
と、10数年前の自分に言い聞かせたい。
でも、最初から、そんな製作スタンス持っている 中高生なんて珍しいとも思う。
自分の場合は、「10」の楽しみから始まった。少しずつ考えを深めていったものの、自己満足ばかりで、自分の好きなように創作し続けていた。
その期間が長すぎた。
「本気でいい作品を作りたい!」
と考えていたが、その「本気」は本当の意味での 「本気」ではなかったのだなぁ。
今はもう「1」の楽しみが失われている。これがキツイ。たとえ僅かでも「1」さえあれば、やり甲斐があるってもの。「0」になってしまうと、本当にテンションが上がらない。考えるのも嫌になってくる。
若いうちに、最高の「1」を手に入れていれば、こんな ことにはならなかったのだろうなと思う。
「静かに翳る」完成後の未来、「0」が「1」に戻り、希望を持って「9」苦しむことができる日が訪れたらいいな。
作業。
【別作業】 ラスト周りを進めてから、「没部屋」の作成を再開した。
とりあえず、2013年12月までに作成したデータを集めて、日付ごとにそれぞれページ分けてhtmlに記述していった。
2014~2016まで、まとめあげるのは、なかなか骨が 折れるが、無駄な時間を過ごすよりは有意義なので、静翳製作が詰まったときの作業として、今後も進めたい。
■2016年 7月4日 (月) 昨日、蝉が鳴き始めた。
風がないと暑い。
***
99描いて1でぶっ壊す。※99=日常 1=非日常
この構造で短編やりたいけど、99日常やってるうちに気が狂いそう。何気ない日常を当たり障りなく完璧に描写するというのは、神業に近い。この世に存在する日常を描いた創作物全ての平均が、それに当たると思う。
ということは、99は平均をとる作業で、残りの1だけ考えればいい。とても簡単な製作過程を想像してしまった。
ここで気づかされるのは、自分が面白いと思うものを他人が面白いと思うか? という点である。
天然ボケの人は、なんとなく言った言葉が周りに大ウケしたりする。意図していないものが面白くなる可能性は十分ある。
実際、自分はそういう経験がよくあった。何も考えていないほうが、面白い場合もある。
意図して意図して、と創作していると、キモい一面が露出する。作品づくりには、大もとにある「人間性」が問われる。
何も考えないで出てきたもの、というのは、純度の高い「素」の面である。
面白い人間なら、素を100出せばOKなのである。99描いて1でぶっ壊す。ということをやってみたいという自分は、もしかしら、1しか面白いものを 持っていないのかもしれない、1だけ面白い人間なのかもしれない。その1の面白さを最大まで引き上げるために、99描けば良い、と考えたのかもしれない。
だが、やってみるまで、それが面白いかどうかは、誰にもわからない。もしかしたら、99の方が面白いかもしれない。
■2016年 7月30日 (土) 【クソでも、ひり出す】 【MADOROMI】「少し寂しい/切ない」+「ぼんやりしている」+「暗い」み たいにシーンの印象が複雑になると、独特すぎて需要がないためかBGM素材 探しが難しい。自分がそういう微妙なテーマばっかり扱うからなぁ。
***
あとは、1度みたあとの動画のスキップ、後半部のメーター合わせ、ラストの 画像修正、データの出力、readmeの作成など、作業が残っている。
これ以上クオリティーを求めていっても、基盤(企画)がダメだから、どう やってもダメ。そもそも、1からやり直す時間も気力ない、という状況に持ちこんだ自分が悪 かった。
企画は大規模でハードルが高かった。これを乗り越えればすごいものができる、という感覚を頼りに製作していった が、問題は沢山あった。だからこそ学んだこともたくさんあった。まだまだ経験が 足りないと感じた。
いつからか、昔の自分の尻を拭うような気持ちになってきていた。それでも、駄作であろうが失敗作であろうが、完成はさせたかった。多くの時間を費やして製作してきたから、諦めるのは勿体ないと強く感じてい た。
正直、ここまで延ばしてきて正しかったのか、分からない。でも、それは、これからわかるのかもしれない。
努力なんかは他人と比べて計れるものでないし、結局、世間からどのように作品が評価されるか、それ次第。
自己満足でやっていながらも、やはりどこかで それだけではいけないのではないか? という意識が生まれてきていた。その意識が生まれ始めたのは、すでに静翳のシナリオの大方が出来上がってい る頃だった。
自他とも満足できる作品を作れる方は、本当に素晴らしい。
では、自分がそういった作品を作るとしたら、一体、どんな媒体を使い、どんなジャンルで、どんな内容に設定するのか、考えることは楽しいと思う。
今までと違った意識と姿勢で取り組むことで、必ず今までとは違った結果が 得られると思う。
そこに気付けば、昔のように創作が楽しく出来るようになるのかもしれない。
まあ、昔のようには無理だな。
■2016年 8月3日 (水) 静かに翳る申請中。おそらく3時間はかかる模様。
途中でエラー出るかもしれないし、油断はできない。(油断の塊みたいな奴が、こんなことを言ってもな)
やりきった感なんてものはない。
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